無添加書道 / 書道家 遠藤夕幻 ~ mutenkashodo ~

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遠藤夕幻:作品展『あなたがいたからできたこと』

作品展:『あなたが いたから できたこと』 
ホームページ :http://mutenkashodou.com/anata/

無添加書道:遠藤夕幻 「祖父母の家にて」/写真撮影:林建次

日程: 【7月26日 (火) ~ 8月10日 (水) 】

時間: 【10:00 ~ 18:00】
《会期中は無休。遠藤夕幻は毎日在廊予定》

場所: 【マスミ東京 ギャラリースペース】
《山手線「大塚駅」より徒歩7分》
マスミ東京 HP: http://www.masumi-j.com/access.html

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無添加書道:遠藤夕幻 「筆を持つ手&墨を磨る手」/写真撮影:林建次

【コンセプト】

“あなたが いたからこそ”書くことができた、そんな作品たちを20点以上展示します。

書作品一枚一枚に“物語”があり、それぞれに“あなた”がいます。遠藤夕幻が “あなた” と一緒にいることで紡ぎだすことができた物語の数々。それを集約したカタチが、今回の作品展になります。

そして、直接作品とは関わりがなくとも、この作品展の行方を見届けてくださる方々、会場へ直接お越しくださる方々も、ぼくにとっては “あなた” になります。

この作品展はそんな遠藤夕幻を支えてくださる、すべての “あなた” に捧げます。

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無添加書道:遠藤夕幻 「祈り」/写真撮影:林建次

【テーマ】

“ご縁繋ぎ” がテーマです。

スポンサー企業や協賛者の方々はもちろんのこと、各パーティーを手伝ってくださるサポートメンバーの皆んな。そして、何よりも作品展会場へお越しくださる皆様へ。恩返しとして、“ご縁繋ぎ” をさせていただきたいと思っております。

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無添加書道:遠藤夕幻 「書く直前の祈り」/写真撮影:林建次

【想い】

たくさんの想いが
たくさんの夢が
織り重なった作品展になります。

構想に約2年。準備期間は、約6ヵ月。
氣愛を、本氣で籠めています。


■ 作品展初日は、母の一周忌 ■

7月26日は、偶然にも母の一周忌の日と重なりました。
これもきっと、母からのメッセージなのでしょうね。あちらの世界から応援してくれているのが伝わってきます。

また7/26というのは、マヤ暦で云うところの「元旦」だそうです。はじまりの日、です。


■ 遠藤夕幻 30歳となる節目の年 ■

8月14日に遠藤夕幻は、30歳になります。
20代最後にして、人生最大のチャレンジが今回の作品展です。


■ 三重県熊野市へ移住 ■

作品展終了後には、熊野への移住が決まっております。向こうでの住まいは「天女座」という“場”にお世話になります。

まずは熊野で「硯」を彫ろうと思っています。あとは、自給自足の生活を目指して、農業を始めます。

表現者であり、道具の職人でもあり、百姓でも在りたい。という願いが叶う時期が来ました。拠点が増え、東京半分と熊野半分の生活スタイルになっていきます。


■ 作品集&自叙伝を出版 ■

『書道で生きていく』と、決意した22歳の夏。
そのときからの夢が「自分の本を出版する」でした。

8年越しの夢。30歳になる今年。
“夢のかたち” として、1冊の本が出来上がります。

今回は、写真家:林建次氏に写真撮影と文章の執筆をお願いしております。

またデザインの構成や印刷などは、すべてA-worksのデザイナー:高橋実氏にお願いしております。

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無添加書道:遠藤夕幻 「老若」/写真撮影:林建次

【皆様へ】

30年分の想いを
これまで積み上げてきた夢の一枚一枚を
今回の作品展に託し

今まで遠藤夕幻に関わってくださった
すべてのご縁ある皆様へ。

できる限りの感謝と氣愛を込めて
御贈りしたいと思っています。


『あなたが いたから できたこと』に込めた“想い”は、

〔 あなたがいたから《わたしが》できたこと 〕であり

〔 わたしがいるから《あなたが》できること 〕へ、

繋げていきます。

この作品展は、ご縁繋ぎと恩返しの為にあります。

それでは、ご来場を
心より、お待ちしております。

どうぞ、宜しくお願い申し上げます。

“いつも ありがとう”

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~ ご協賛をいただいている方々 ~

◯スポンサー企業

・酒蔵 譽國光 (株式会社 土田酒造)
http://www.homare.biz/store/

・蒼龍舎 (望月龍平カンパニー)
http://rmcompany.co.jp/

・株式会社 野田 (わなびば333)
http://www.kimonodanet.com/?mobile=1

・勾玉セラピースクール (株式会社ジャパン・イディア)
http://magatamatherapy.com/index.php?FrontPage

・マナーズインターナショナル 株式会社
http://www.manners-inc.jp/


◯応援協賛(個人)

・「かもしてみちる庵」鴨下美智子
・「祝詞シンガー」わせのせわ&わせなつみ
・「オーダーメイド家具屋 Kijin」石川玄哉
・「雪月花廊」(北海道喜茂別町) 廊主・今関安雄
・「I LOVE JAPAN♡」ごとう孝二
・「動画制作」冨岡健一
・「立川市議会議員」 中町さとし

【7月10日現在】
*順不同 敬称略

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作品展:『あなたが いたから できたこと』 
ホームページ :http://mutenkashodou.com/anata/

遠藤夕幻 FBページ : https://www.facebook.com/profile.php?id=100007899695519

作品展の詳細ページ : 『あなたが いたから できたこと 詳細ページ』

作品集ご予約フォーム : 遠藤夕幻 / 作品集&自叙伝 出版記念


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【無添加書道】 書道家という、“生き方”。

  遠藤夕幻プロフィール写真・撮影:林建次
  写真・撮影:林建次氏

「“無添加書道”って、なんですか?」
と名刺交換する際、名刺に載せている作品に気が付いた方によく聞かれます。

簡単に説明させてもらいますと、初めに言葉のほうが先に出てきました。
どこかから、ふっと降りてきた感覚です。
その言葉をイメージのまま書いたら、サイトトップのような作品になりました。

最初は、無添加書道って言葉自体には、なんの意味もありませんでした。
だから、「無添加書道ってなんですか?」という質問に対して、私は「うーん・・・。実は、自分でもよくわかんないんですよね」と答えていました。

これはある種、『人生』とか『生き方』とか、そういった類のものと一緒だと思うんです。意味というのは、あとから自然とついてくるものであります。むしろ、それだけで十分でありそれ以上でもそれ以下でもないものだと、私は解釈しています。

“生まれたこと”それ自体には、特に意味はないと思います。
ただ、“生きていくこと”自体には、意味があるはずなんです。

この世に生まれたあと、自分自身で“生まれてきたこと”や“これから生きていくこと”に対して、意味を見出していくことが、人生や生き方と呼ばれるものだと私は考えています。

両親や先生、友達が自分の人生を代わりに生きてくれるわけではありません。だから、最終的には自分自身が納得する“生き方”を選ぶ必要があります。誰しもが、自分自身の人生を、他でもない自分自身で、一生懸命に生き切るだけなんです。
至極単純。その時に大切なのが、あとから見出す“生きる意味”だと私は思います。
『信念』や『誇り』と言ってもいいかもしれません。

そういった観点から申し上げますと、私は書道家という“生き方”を選びました。
楽しいことは楽しいけれど、決して趣味ではありません。
かと言って、一概に仕事と言い切れるものでもありません。
やはり、“生き方” という言葉がしっくりくる感覚です。
それと同時に、“生きる意味”でもあります。

だからこそ、無添加書道に対しても、あとから意味を見出しました。
言葉が降りてきてからしばらくして、「あっ、もしかしてこういう意味なのかも・・・」という一つの答えが出ました。まぁ、実際は見つけた気がした、だけなんですが。。。
それからは、「削ぎ落とす・本物・想い、ということを考えて筆を持ち・・・・・・」と、あーだこーだ説明するようになりました。

だけど、それは建前の上で必要な説明であり、本音の部分は「うーん、結局のところ自分でもよくわかってないんだよね」というままだったことに、最近になって気が付いたのです。
あと、“それでいい”ことも同時に理解しました。

明確な答えを出す必要はないのです。
仮に答えが出たとしても、それは途中で変化するものです。
1年後に自分が同じように考えているとは限りません。
それが1か月後に変わるかもしれないし、1週間後かもしれません。
たった1日で劇的に変化することだって、可能性としては十分に有り得ることです。

もしかすると、私は一年後には陶芸家を目指しているかもしれません。習ったことなどありませんが。
もしかすると、役者になっているかも。・・・・・・いや、最近役者の方々と交流があるというだけで、安易なことを言いました。申し訳ありません。
もしかすると、守りたいと想う大切な人のために、書道をすっぱり辞めて、お金を稼ぐことを主として、家庭を築くことに熱中しているかもしれません。まぁ今のところお相手も居ませんので、全くもってその予定はありませんが。^^笑

でも、“それでいい”んです。
言い方は、“どっちでもいい”でもいいかと思います。

生き方や人生設計に対して、一度決めたらといって「ずっと、そうしなくてはならない」なんて決まり事は、一切どこにも存在しません。私は、そう解釈しています。

「どっちでもいい」なんていうのは、雑で粗悪なイメージのある言葉に聞こえるかもしれませんが、私はこの言葉がこれからの時代に凄く必要な言葉や考え方に思えてなりません。この“どっちでもいい”が書道の本質を捉えていたり、人生を生き抜くための核心に迫っている気がするのです。


遠藤夕幻は偶々、書道家という生き方をしています。
よくわかなんないけど、やっぱり書道なんです。
どっちでもいいけど、なぜか書道なんです。
ただ、それだけです。


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【無添加書道】削ぎ落とす・本物・想い

「雨のち晴れ、時々水たまり」 / 撮影・遠藤夕幻
                         「雨のち晴れ、時々水たまり」 / 撮影・遠藤夕幻


ある日、ある時、ある瞬間。
【無添加書道】という言葉が、私のもとにおりてきた。

その日からずっと、この言葉の意味や、言わんとすることを考えてきた。だけど、なかなかしっくりくる意味付けができなかった。頭では理解しているのだが、「じゃあ、説明してみろ」と言われたら、ちょっと困ってしまう・・・。はじめは、そんな頼りない状態だった。

それでも、このサイトを創り上げて、その気になってすぐに題字を書き上げてしまった。この『無添加書道』のタイトル作品は、わずかな時間で書き上がった。すでに頭の中に在ったイメージを、頭の中からソッと取り出して、半紙の上に優しく乗せるように書いた、不思議な感覚だった。

“ きっかけ ” は、いろいろとあったのだが、結論を言うと、以前のサイトをすべて削除した。
バイクで日本一周した旅の記録も、過去の日記も、掲載していた書道の仕事の実績や書道教室の練習風景も、ネット上からはきれいサッパリと消え去り、私だけの思い出となった。

それから数ヶ月間は、一切宣伝や発信を止めて沈黙した。
自分自身を見つめ直し、これからのことをよく考えるためには必要な時間だったと思う。

そうして、新しく『無添加書道』のサイトを創った。考え方や感性も新たに、イチからやり直そうと決めた。あれから、もう1年以上の月日が経つ。

時間と経験が積み重なっていくうちに、ほんの少し掴めたことがある。いや正確に言うなら、掴めた‘気がする’だけなのかもしれない。

キーワードは、【削ぎ落とす】と【本物】、あとは【想い】だ。

純粋に書道を勉強し、楽しみ、自己を磨くためには・・・
【(会派や派閥、その他良くない書道界の慣習や余計な物事を)削ぎ落とす】。
そうすると、【本(当に必要で大切な)物】が見えてくる。
あとは、【(誰を)想い(誰のために)】筆を持つのか。

そんな至極シンプルで、気持ちのいい世界に辿り着けるはずなのだ。


私は、これそこが本来在るべき『書道との向き合い方』だと、そう思うようになった。


こうやって書道と向き合うと、自ずと己を見つめ直すことになる。月並みな例えになってしまうが、『書道は、鏡』だと思うのだ。『鏡』は、ドコにだって在る。書道の中にも、普段のなにげない生活の中にも、そこらへんの道端の水たまりにだって、『自分を見つめ直すための鏡』は、存在し得るのだ。

その鏡は、ある時は優しく諭してくれ、またある時はショック療法の如く、刺激的に“こたえ”まで導いてくれるはずだ。そして、時として、目を背けてきた自分自身の嫌な部分を、これでもか!っていうぐらいに直視することになる。そうして、それらを受け入れ、乗り越えた時、人は成長できるのではないだろうか。


『書道と向き合うことで己を知る』

それを、仮に【無添加書道】と呼ぶことにしよう、と。

これがここ最近、少しだけ掴めてきたこと、理解できてきたことである。


まだまだ、人生の道のりは残っているはず。これから遠藤夕幻が、どこに向かい、何者になるのか、正直なところよくわからない。だけど、これだけは言える、ってことがある。

時には雨だって降るだろうけど、きっといつかは晴れるのだ。
そのとき、足元には曇り空や青空、綺麗なものや汚いものを映し出す、『鏡』のような水たまりが在ることだろう。
それらを乗り越え、一歩でもいいから前に、未来に踏み出せる人に、私はなりたい。

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【連載】無添加書道について。6 「食べ物」

カフェ教室・お菓子2

【連載】無添加書道について。

前回までは、人と人との‘繋がり’をテーマに書いてきましたが、連載6回目は視点を変えて「食べ物」をテーマにして『無添加書道』を語りたいと思います。


この写真は、「井の頭カフェ書道教室」内で生徒さんに召し上がってもらったクッキーです。

このクッキーには、< 乳化剤(大豆由来)>が使われています。

「・・・なに、それ?」
いったいなんの話を始めたの?と疑問に思われた方も多いでしょう。
ここからは、少しの間「食品添加物」の話になります。

ぼくも去年の夏まで「乳化剤」という言葉自体を知りませんでした。買い物する際も、食品成分の表示なんて気にしたこともありませんでした。

ですが、日本一周の旅の途中で起きたある出来事がきっかけで、自分自身の「食生活」を見直すようになりました。

そもそも <乳化剤> とは・・・
簡単に言うと「通常はお互いが混ざり合わないもの(水と油など)を、均一に混ざり合った(乳化)状態にする化学物質」のことです。
アイスクリームやチョコレート、クッキー、菓子パンなどなど様々な食べ物に使われています。名前に「乳」と付きますが、乳製品は一切使われておりません。別の言い方をすると、合成洗剤などに使われている <界面活性剤> というものがそれに似た性質のようです。

ここでは、物質に関する詳細は省きますが、より詳しいことを知りたい方は、こちらを参考にされるといいかもしれません。
→ 「界面活性剤と乳化剤はよくない」へ (食物アレルギーとアトピーに関するページ)

また、<大豆由来> というのは <大豆レシチン> という植物性の天然由来成分を使っているという意味です。なにも表記されていない「化学合成由来」の乳化剤より、安全性が高いと言われています。
(大豆レシチンに使われている大豆が、そもそも「遺伝子組み換えではない」保証がないのが、唯一の不安要素ではありますが・・・)

長々と、乳化剤の説明文を載せてしまいましたが、もちろんぼくは学者でもなければ研究者でもないので、正直これ以上のことはよくわかりません。ですが、「体に悪い物なんだな」ということさえわかれば、それでだけで十分と思っています。
合成洗剤にも使われている化学物質に似たものを摂取することが、身体に良くないことは、だいたい誰でも予想がつくと思うのです。少なくとも、僕は合成洗剤に含まれるようなものは食べたくありません。^^;


・・・さて、いきなり話がガラッと変わりますが、皆さん「うに」は好きですか?

ぼくは「うに」が嫌いでした。なんだか薬品臭いような苦いような味がして、今まで美味しいと思ったことは一度もありませんでした。

雄勝町のウニ

2012年の夏、宮城県石巻市雄勝町へ「絵と書を贈るボランティア」に行った際、雄勝町で知り合った漁師さん一家と仲良くなりまして、漁師さんのお宅でお昼ご飯をご馳走になったときの出来事でした。

テーブルの上には、今朝獲ってきたばかりだという「うに」の山。

ぼくはそのときまで、東京の回転寿司などでしか「うに」を食べたことがなかったので、すごく苦手意識があり、漁師さんには本当に申し訳ないのですが、「これ苦手なんだよなぁ・・・」と、あんまり乗り気にもなれず、仕方なく食べ始めたのですが・・・

一口食べて、「ん?」 (あれ?おかしいな・・・)
二口食べて、「・・・おぉ?」 (全然臭くない・・・)
三口食べて、「・・・・・・うまいっ!」(笑)

初めて知りました。今まで東京で食べていたのは、本物の「うに」ではなかったのです。

「あぁ、これが本当の‘うに’の味なんだな・・・」

ぼくは雄勝で、生まれて初めて『うに』を食べたのだなと、しみじみ思いました。
雄勝で食べた『うに』は、嘘偽りのない『ほんもの』の味でした。これぞ、海の幸です。

驚いているぼくをみて、漁師さんが教えてくれました。
「東京で出てくるものには、<ミョウバン> が入っているからだよ」と。

形を整えるためや防腐・保存料の役割をする <ミョウバン> の入った「うに」。それは、紛れもなく薬品や食品添加物が使われた食べ物だったのです。

生まれて初めて美味しいと感じた『うに』は、漁師さんがその日の朝に獲って来てくれた、まだ動いている『生うに』でした。

・・・思わず、ぼくは笑ってしまったんです。『生うに丼』が美味しすぎて。^^


・・・・・・衝撃的でした。


ぼくは、20年以上もの間、何も考えず食べ物を口にしてきました。
どれだけの量の食品添加物を知らぬ間に摂取して、それらはどのような影響を僕の身体に及ぼしているのだろうか?と考えるだけで、とても怖くなりました。


そして、このことがきっかけで「食品添加物」に興味が沸き、少しずつ調べるようになりました。こうして、自分自身の食生活を見直すことになったのです。

ぼくにとって、「書道」は生活の一部であり、生きていく上で、必要不可欠なものです。
そして、あたりまえですが「食べる」という行為も、同じく生きていく上で必要不可欠なことなわけです。

・・・つまり、「書道」と「食べる」は、ぼくにとって同じ舞台に立っている、とても大切なことになるのです。食べ物によって健康的な体を維持し、その体を使って書作品を生み出すわけですから・・・。

‘書’と‘食’は、ちゃんと‘繋がって’いました。

   カフェ書道教室2
   「カフェ書道」教室の夜の外観

そして、今現在、ぼくは実際に自分自身の舌と感覚で感じたことを信じて行動しています。
余計な添加物は出来る限り摂取しないように心がけています。
自炊の際も、化学調味料を一切使わなくなりました。味付けは、シンプルに塩か醤油。
お味噌汁を飲みたければ、かつおぶしや昆布を使って出汁を取り、無添加のお味噌を使うようにしています。

もちろん、100%は無理かもしれませんが、できるだけ『無添加』になるように生活しています。

それから、せめて自分がやっている「カフェ書道」の教室では、無添加にこだわろうと思い、お出しするお茶やお菓子の成分にも気を遣っているのです。

とは言っても、自分の意識改革を書道教室の生徒さんに強要するつもりは一切ありませんし、食品添加物自体を全否定するつもりも一切ありません。

ただ、僕は自分自身の意志と判断で、選択しているだけなんです。
「いるもの」と「いらないもの」を。
さらには『無添加』な生活から創り出される『書道』に、今後価値を見出していきたいと思っているのです。


‘食’と‘書’は、たしかに‘繋がって’いました。
そして、『無添加』を取り入れた、無添加生活も、無添加書道も、ぼくにとってはどちらも一緒のことにようやく気が付けたんです。

これは、ぼく自身の『生き方』そのものです。
そう、『無添加書道』は、ぼくにとって『生きること』なんです。

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【連載】無添加書道について。 5 「硯 - 3」

   愛用の道具2

【連載】無添加書道について。
だいぶ長くなってしまいましたが、5回目で「硯」のシリーズも最後です。


これは、2008年に一人の硯職人さんと出会ったことから始まります。
たった一面の硯が、僕と雄勝町の皆さんとを繋げてくれたのです。


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2011年8月。
震災から半年も経たぬうち、ぼくらは宮城県石巻市雄勝町にいました。
正確に言えば、そこは「かつて雄勝町だった場所」で原型はほとんどありませんでした。

まだまだ路上には瓦礫が山のように積み重なり、痛々しくもそこらじゅうに作りかけの硯が、貝殻なんかと一緒に散らばっているような、そんな状態でした。

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はっきりとは覚えていません。
どれだけの間、言葉を失って立ち尽くしていたのでしょうか。
ぼくは、心のどこかでは「嘘であってほしい」と思い続けていました。やはりブラウン管越しに眺めていただけの被災地と、実際にその現場に自分が立つということは、全く別のことだったのです。

いまさらですが、ぼくらのような津波の被害を直接受けていない人間は・・・・・・
地震に関しても、津波に関しても決して「わかっている」という言葉を使ってはいけないのだと、強く思いました。ぼくらは情報として「知っている」だけです。
それ以上でもなく、それ以下でもない。ただ、それだけのことです。

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雄勝町では、「書と絵を贈るボランティア」と称して、各仮設住宅を回って被災してしまった方々と触れ合いながら、似顔絵を描いて差し上げたり、その人の好きな言葉を書にして差し上げたり、という活動をしてきました。

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ときには、仮説住宅で暮らす子どもたちに書道を教えたり、

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貴重な津波の被災時のお話を聞かせていただきながら、書を書いて差し上げたりしていました。中には、よくよくお話を聞かせてもらうと、最終的には息子さんが津波に流されてしまった話であったり、あと一歩遅ければ津波に流されてしまっていたという、九死に一生の体験談だったりしました。

実際に現地に赴き、このようなお話を聞かせてもらえるだけでも、ぼくらにとっては貴重な経験でした。忘れてはいけないという思いと、忘れてしまったほうが楽であるような辛い現実との矛盾。後世に語り継がなくてはならないという思いとは裏腹に、話すだけでも涙が出てきてしまう恐ろしい記憶との葛藤。

・・・・・・被災地ではさまざまな想いが入り乱れ、その中で皆さんは歯を食いしばりながら、それでも前を向いて明るく生きようとしていました。


そんな想いを皆さんの代わりに筆にのせて、ぼくは書を書いてきました。

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ここに載せた作品は、ごく一部だけですが、皆さんの喜んでくださった笑顔がぼくらのこれからの活力になりました。そして、いろいろな人たちに支えていただけたからこそ、ボランティア活動を実施することができました。ボランティアをさせていただけたこと、光栄でした。本当にありがとうございました。


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そして、ついにぼくは市雄さんとの約束を果たすことができました。
一年前のあの日、「また遊びに行きます」と言ったひと言が、こうして実現できたことは涙が出る程嬉しかったです。偶然にも同じ名前である市雄さん。なんだか自分のおじいちゃんのような、そんな気さえしてきます。

市雄さんの硯を彫る後ろ姿、本当にカッコよかったですよ。
ありがとうね、市雄さん。



ほんの小さな出来事でも、自分が気がついていないだけで、それは物語の始まりなのかもしれません。



人と人との‘繋がり’があったからこそ、今のぼくが在るのです。

そんなご縁や繋がりを経て、今の無添加書道が在るのです。

ぼくは、書道と旅に生かされています。


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洞爺湖夕幻 トボトボ歩く図

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