無添加書道 / 書道家 遠藤夕幻 ~ mutenkashodo ~

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このエントリーをはてなブックマークに追加

貴重なお時間の中、最後までご覧いただきまして ありがとうございました。

↑ より多くの人たちへ この記事が届くように クリックにて応援お願い致します。

RSS配信 ← こちらからご覧いただけます。

【作品】おじいちゃんの好きだった言葉

おれがおれがの我を捨てて・・・/ 遠藤夕幻 書

おれがおれがの我を捨てて
おかげおかげの下で生きる

夕幻 謹書

(もともとは、どうやら仏教でのお説教の際に言われる言葉のようです。検索でサクッと調べただけですが、元の出典がドコからなのかは特定できませんでした。ただ、私にとっては“おじいちゃんの好きな言葉”で十分です)

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

彼は、日本軍の陸軍運搬係だった。
戦争から帰ってくると、“勤勉”という言葉は彼のためにあるという程、真面目に実直働いた。最終学歴は、中卒だったが、銀行員になり、懸命に懸命に働いた。激動の戦後の日本を駆け抜け、真面目に生き抜いた人だった。

彼というのは、私が尊敬する人。祖父だ。

いや、祖父というのは堅苦しい言い方だ。表向きな、余所行きの言葉。
やはり、「おじいちゃん」と呼ぶのが、しっくりくる。

おじいちゃんは、真面目に堅実に働いた人だった。曲がったことが嫌いで、ごまかしたり嘘を付いたりは、絶対にしない人だったと、おばあちゃんはいつも誇らしげに私に語ってくれる。お酒が好きで、ゴルフが好きなおじいちゃん。将棋も凄く強かった。

「ゆうすけ君は、すごいね」

おじいちゃんは、いつもそう言って、私を可愛がってくれた。私に将棋を教えてくれたのは、おじいちゃんだった。小学校時代は、夏休みに千葉の祖父母の家に泊まりに行くたび、将棋の勝負を挑んでは負けていた。

あれはたしか、小学校の高学年か中学生ぐらいの時だったかな。偶然にも一回だけ将棋に勝てた記憶がある。でも、あれはあまりにも私が負け続けていたから、わざと負けて、勝たせてくれたのかもしれない。それとも、真面目に戦ってくれたのか・・・。もしも、もう一度会って話ができるのなら、真相を聞いてみたいな。

大好きなおじいちゃんが亡くなったのは、今から数年前。私はまだ、20代前半だった。

最期におじいちゃんと会ったのは、病院のベットで意識朦朧として寝ていたときだった。無理矢理起こすわけにもいかず・・・お別れの言葉を交わすことすらできなかった。

いま考えてみると、「どうしてもっと、そばに居ようとしなかったのか」「なんで、もっと頻繁におじいちゃんに会いに行かなかったのか」悔やんでも悔やみきれない。今でも時々思い出し、無性に涙が出てくることがある。あの時の私は、楽観視していたのだろう。「おじいちゃんがそんなすぐに死ぬわけない」と、高をくくっていたに違いない。

おじいちゃんの死を通じて、そのとき私は初めて「生と死」を知ったのだ。それまでは、ドコか他人事で、自分には関係のない世界の話だと思っていた。・・・いま考えると、本当にバカで甘い考えだった。

最後に会話したとき、おじいちゃんは、なんて言ってくれたのだろうか・・・。必死になって思い出そうとする。

「そっかぁ、ゆうすけ君は頑張ってやってるんだね」

そんなことを話してくれたようにも思う。・・・でも、正直なところ記憶は定かではなく、もしかすると私自身が“そう思いたい”だけなのかもしれない。

そして、ここ最近。ホントつい先日の出来事。
実家の自分の部屋を片付けていたら、思いもよらない場所から一枚の色紙が出てきた。それは私が高校時代、あるいは書道の専門学校時代に、おじいちゃんの好きな言葉と聞いて、色紙に作品として書いたものだった。プレゼントしたと思っていたが、渡していなかったのか。それとも、失敗作だったのか。いづれにせよ、「おれがおれがの我を捨てて おかげおかげの下で生きる」の作品が見つかったのだ。

過去の作品をいま見ると、作品の構成力もなく、表現力もなく、なんでこんな風に書いたんだろう?と疑問に思うような、稚拙で下手くそな作品だった。恥ずかしくてとてもじゃないけど、載せることはできない程だ。・・・当時の自分の実力が、この程度だったのかと、なんだか情けなくなる。

・・・だけど、なんだか嬉しかった。

おじいちゃんの、最期の言葉に出会えたような気がした。忘れ形見のようであり、大好きなおじいちゃんを思い出す良いきっかけになった。

今、この時期に、この言葉が私に必要だから、何年も眠ったあとで、フッと目の前に現れてくれたのだと、そう思えてならなかった。後ろから、「ゆうすけ君」というあの声が、聞こえてきそうな気がした。


おじいちゃんの好きな言葉、また改めて書いてみたよ。
学生時代に書いたものよりかは、少しはマシになったかな?^^


いまこの胸に在る「ありがとう」って気持ちが、どうかおじいちゃんに届きますように。


スポンサーサイト
このエントリーをはてなブックマークに追加

貴重なお時間の中、最後までご覧いただきまして ありがとうございました。

↑ より多くの人たちへ この記事が届くように クリックにて応援お願い致します。

RSS配信 ← こちらからご覧いただけます。

この記事へのコメント

コメントの投稿

非公開コメント



洞爺湖夕幻 トボトボ歩く図

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。