無添加書道 / 書道家 遠藤夕幻 ~ mutenkashodo ~

【連載】譽國光物語 - 1 / 酒蔵×書道家

彼は、出会ってすぐにこんなことを話してくれた。

「ホントはね、酒蔵を継ぐ気なんてなかったんですよ・・・・・・」と。

記憶を遡り、いつかのあの日の光景を思い浮かべているのだろうか。
その後、彼はこう続けてくれた。

「・・・でもね、ある日、友人から・・・

  『 おまえの実家の日本酒飲んだよ。すごく美味しかった! 』

と、言われましてね。不思議なことに、今まで自分のやってきた仕事の功績を褒められることよりも、実家の酒を褒められたことのほうが、嬉しかったんです。」

彼は、少し恥ずかしそうに、でも笑顔でそう話してくれた。

「それがきっかけで、俺が酒蔵を継ごう!って、思い直したんですよ。」
その言葉には、迷いは一切感じられなかった。
彼の日本酒に対する真っ直ぐな想いが、そのまま伝わってくるようだった。

酒蔵を継ぐと決める前、彼は大阪でパソコンを使ったデスクワークを8年以上続けていた。それまでも、きっとこれからも、自分が実家の酒蔵を継ぐなんて夢にも思っていなかった。だが、そんな彼の人生を大きく変えたのが、友人が言い放った、あの一言。

  『 おまえの実家の日本酒、美味かったよ 』

人生には “ 分岐点 ” というものが、いくつか在る。
そして、それは唐突にやってくる。
厄介なのは、それが目の前に現れても、“ それ ” と気が付かないことだ。
いまになって振り返ってみれば、きっと彼の分岐点はこの一言だったに違いない。

彼の名前は、土田祐士。
現在、群馬県川場村に酒蔵「譽國光」(ほまれこっこう)を構える「株式会社土田酒造」の社長さんだ。

パソコンを目の前にして、デジタルな世界と向き合う日々は突如終わりを告げた。
と同時に、ほとんど経験のなかった日本酒へ世界が、一気に幕を開けたのだった。これまでのデスクワークとは、対極に位置するような日本古来の伝統産業。日本酒という一つの “ 文化 ” といっても決して過言ではないであろう、そんな未知なる世界。
醗酵、醸造、酵母の道へ・・・・・・。その一歩を、踏み出したのだった。


そして、その日私は、酒蔵のある群馬県川場村の最寄り駅「JR沼田駅」へと向かっていた。電話とメールでのやり取りが主だったため、社長とお会いするのはその日が初めてだった。いったいどんな方なのか、お会いできるのがとても楽しみだった。
社長は、今では珍しいマニュアル式の車で、自ら運転して私を迎えに来てくれた。

沼田駅の前で、屈託ない笑顔で出迎えてくれた男性は、私が思っていた以上に若かった。それも、10歳も20歳も若い印象を受けた。私は、酒蔵の社長さんと聞いただけで、勝手に50代後半ぐらいだろうと思い込んでいた。だが、実際にお会いした土田社長は30代半ば。それこそ若旦那という言葉の似合う、勤勉そうで物腰の柔らかい雰囲気の方であった。

あとから聞いてみると、私を見た土田社長も、どうやら同じく「書道家にしては若いな」と思ったそうだ。たしかに、書道家のイメージもどちらかと言えば、ある程度年齢を重ねているというイメージであろう。当時お会いした際、たしか私は25歳ぐらいだったか。土田社長も、まさか自分より10歳ちかく年下の書道家が来るとは思っていなかったであろう。お互いがお互い、そのような感じの初対面だったと記憶している。


その後、酒蔵に向かう車中で、私は早速「どうして酒蔵を継ぐことになったのか」というお話を聞かせてもらうことにした。そうして、友人の一言がきっかけで酒蔵を継ぐこととなる、土田祐士氏の物語を聞くこととなる。


ここで少し話が前後するが、どのようにして私が土田祐士氏と出会ったか、という経緯も話しておこう。まぁ、簡単に言ってしまえば、土田社長が私のサイトを偶然見つけてくれたということなのだ。ただし、見つけてもらっただけでは、事は進まない。

私自身もインターネットを介してお問い合わせが来た瞬間、「やった!ついに、日本酒のラベルが書ける!」と手放しで喜んだ。
が、それと同時に、ふと「どうして、自分なのか?」ということも気になった。かねてから日本酒のラベルを書いてみたいとは思っていたが、まさか唐突にその夢が叶うとは思っていなかったので、少し疑問に思ってしまったのだ。

そこで、何故土田社長が私に直接連絡をくださり、結果として一緒に仕事をするまでに至ったのか、その理由を初めて電話した際に、私のほうから土田社長に質問したことがあった。

答えは、至ってシンプルだった。

「遠藤さんが、一番 “ 楽しそう ” に書いていた。それが作品から伝わってきた」
これが決め手であったそうだ。

『 酒蔵は楽しく 』というのが、譽國光・土田酒造の方針だという。“ 楽しく ” という点において、私の書から何かしら共通する部分を感じ取ってもらえたのだ。そうして、世の中には数多くいるであろう書道家の中から、私を選んでご連絡をくれたのだった。

書道家・遠藤夕幻にとって、何よりも嬉しい褒め言葉だった。

この土田社長からの天の一声が “ きっかけ ” となり、現在に至るまでの遠藤夕幻と譽國光・土田酒造との関わりが始まっていくこととなる。


これから、記憶を辿り、想いを甦らせ、紡ぎ出していく物語は
そんな一軒の酒蔵と一人の書道家との、酒と書の物語である。


第1話
「【譽國光物語】酒蔵×書道家。出会いと始まり」
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