無添加書道 / 書道家 遠藤夕幻 ~ mutenkashodo ~

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【旅の話】紹介したり、紹介されたり。

少し昔の話をしようと思う。

あれは、まだバイクで日本一周の旅をしていて、「これから先も書道を続けていけるのだろうか?」「ぼくはいったい何になりたいのだろうか?」「書道教室を開けるのかな」、なんてことをあーでもないこーでもないと考えていた頃。

先の見えない道を迷走しながら旅していた頃の話。



ぼくは、阿蘇が好きだ。

その当時21、22歳ぐらいだったぼくの、それはもう浅い経験上で作り上げた「日本って、こんな感じでしょ?」というイメージを、土台から一気に崩してくれたのが阿蘇の地であった。

2008年 九州・阿蘇 撮影:遠藤夕幻


異国の地に迷い込んでしまったかのような錯覚を感じた。
ここは日本なのか。
日本にもこんな場所があるのか。
数々の広大で壮大な景色に、感動するばかりであった。


2008年 九州・阿蘇 「大観峰」の夜明け 撮影:遠藤夕幻

2008年 九州・阿蘇 「火口」 撮影:遠藤夕幻


そんな風景に感化されて、さも自分自身も“大きな器”で、“できる男”にでもなれたかのように思えた。単純な思考回路は、今も昔も変わらない。要するに、バカなのだ。

テンションがMAXまで上がれば、自分は「なんだってできる!無敵だ!」と、そう思えてならなかった。


九州・阿蘇「押戸石」 遠藤夕幻



そんな折、宿泊先の『阿蘇ライダーハウス』のオーナー、通称・じゃけんさん(阿蘇ライハの旧オーナー、現『ゲストハウス阿蘇び心』オーナー)から、「ちょっと、バイトしてみない?」という話をもらった。

内牧温泉旅館『親和苑』さんのアルバイトをすることになった。
日給制で賄い付き、温泉も入り放題。貧乏な旅人にとって、かなりの好条件。しかも、旅人モードで気持ちが一回りも二回りも大きくなっていて、「よっしゃ!いっちょ働いてやんよ!」ぐらいの強気な感じ。断る理由は一切なかった。


(まぁ今から考えてみれば、当時「ぼくって凄いでしょオーラ」を出しまくっていたので、とても恥ずかしくなる。・・・恥をかく、というのは度が過ぎなければ、大抵はいい勉強になる。これは、旅から学んだ一つである)


さて、そんなことを言いながらも、実際は多少緊張するもの。
見知らぬ土地で働くっていうのは、思いのほかドキドキする。

そんな強気で弱気な面倒くさいぼくを、親和苑の女将さんは、笑顔で迎え入れてくれて、それはもう親切に手厚く対応してくれた。賄いも美味しかったし、仕事も楽しい。言うことナシだった。

実際に働いたのは、確か三日間ぐらいだったと記憶している。
帰り際、女将さんは「またいつでも来てね。^^」と、満面の笑みで送り出してくれた。
旅先で働いて、お金を稼ぐ。
そんな経験をさせてくれた、じゃけんさんと女将さんには、今でも感謝している。

さて、こうして何事もなく働き終わったのだが・・・これって実は、物凄いコトなんじゃないかと、働き終わってから気がついた。

ぼくは地元の人間でもなく、ましてや身元不明に近い存在。素性も知らぬ人間を、旅館の内部に入れて、働かせる。これって、“信頼”があってこそ初めて成り立つものなんじゃないか。

じゃけんさんは、【紹介する人】
ぼくは、【紹介される人】
親和苑さんは、【紹介先】

この【紹介する人】と【紹介先】の信頼関係が大前提で、今回の話が始まる。
まずは、ここに感謝である。
じゃけんさんがその土地に根付いて築き上げてくれた“信頼”があってこそ。

又、それを受け入れてくれる親和苑の女将さんの懐の広さ。
これも大きな要因である。

そして、さらに【過去の紹介された人たち】の“信頼の積み重ね”が在ったからこそ、ぼくまで繋がり、ようやくこの話が成り立つのだ。

ぼくが頑張って働くのは、至極当たり前。
お金をもらっているし、ご飯も食べさせてもらっている。
もちろん、働いているのは自分だから、「よしっ!自分が頑張ったからだぞ!」と、自身の手柄にしてしまいそうになるが、それは大きな大きな間違いなのだ。

これまで、何人も親和苑さんでは旅人たちを受け入れて働かせてくれていたという。
その【過去に紹介された人たち】。
彼ら彼女らが、その時に一生懸命に真摯に働いたからこそ、女将さんは「あぁ、阿蘇ライハからの紹介の旅人さんだったら信頼できるわ!」となったはずである。初めからなんにもしないで、阿吽の呼吸で信頼を得るなんてことは、極々稀なことである。
もしも、過去の誰か一人でも、信頼を失うような悪さをしてしまっていたら、それだけでこの話は白紙になってしまう。


そこには、“責任”が伴う。


仮に、ぼくが何かをしでかしてしまっていたら、【紹介する人】にも迷惑がかかり、【紹介先】との信頼を失ってしまう。そして、今まで大切に築き上げてきた【過去に紹介された人たち】の分の努力や信頼さえも、すべてを台無しにしてしまう。
そして、さらには、【これから先に紹介されるであろう人たち】の働き口まで壊してしまうことになってしまうのだ。

責任重大である。
働いている最中は、ここまで気がつかなかった。


急に話が現代に戻るが、今年に入ってから「紹介したり」「紹介されたり」の関係が、非常に多くなってきている。ぼくが【紹介する人】にもなり得るし、【紹介される人】【紹介先】になったりもする。

そのすべてに、“信頼”と“責任”が伴うことを、今一度改めて自覚したいと思った。
そう考えたときに、旅で経験した出来事を思い出した。


【紹介する人】も【紹介された人】も、【紹介先】も、さらには【過去に紹介された人たち】も【これから先に紹介されるであろう人たち】も。

みんながみんな、すべからく幸せになるためには、しっかりと“責任”を自覚する必要があるのだ。
もしも、それが出来ないのであれば、むやみやたらに紹介しないほうが良いし、安易に話を受けるべきでもない。


定期的に旅を続けていると、他者から「本を出したら?」と言われたり、自分でも「出版したい!」となることが何度もあった。それでも、いざ書こうとすると、「いったい何を書きたいのか?」と自問自答になり、筆が一向に進まない。

だけど、最近になって「あぁ、こういうことを伝えていきたいのかな・・・」と思う節があり、そんな“伝えたいこと”を、旅で経験したことを通じて発信していくことが、なんだかしっくり来る気がしてきたのだ。


少しずつ、書いていこうと思う。
“伝えたいこと”とそれにまつわる、ちょっとした旅の話。


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洞爺湖夕幻 トボトボ歩く図

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