無添加書道 / 書道家 遠藤夕幻 ~ mutenkashodo ~

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【旅日記】大事なこと、忘れてた。

旅先より、一年ぶりの旅日記の更新です。
少しの間ですが、いつもとは違った‘旅’の記事にお付き合いいただければ、幸いです。

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2014年8月 遠藤夕幻 一人旅 出発

出発の日。
遠足前の小学生みたいな感じの高揚感はなかった。
これが‘大人’になるってことなのかな、なんてガラにもないことを考えて、走り始めた。そしたら、少しずつ感覚が戻ってきて、いつの間にかドキドキしている自分に気がついた。

こんな感覚でさえ、忘れてしまうのか。

・・・なんだか、まだ旅は始まったばかりだが、今回のキーワードは「忘れていた」とか「思い出す」とか。そんなことのような気がする。


福島県 南会津町 前沢曲家集落 民家と百合の花 撮影:遠藤夕幻

福島県の南会津町で、日本の原風景に遭遇した。
「前沢曲家集落」萱葺き屋根の家が建ち並ぶ、風情ある集落である。


福島県 南会津町 前沢曲家集落 水車 撮影:遠藤夕幻

なぜだろうか。
今まで水車が身近に在ったことなどないのに、懐かしいと思えた。刷り込まれたイメージなのか、それとも遺伝子に刻み込まれた日本人としての性なのか。


福島県 南会津町 前沢曲家集落 小川 撮影:遠藤夕幻

小川のせせらぎや、キラキラと乱反射する光は、ずっと聴いていても、ずっと眺めていても飽きがこない。なんだか気持ちが洗われるようだった。


新潟県 村上市 塩引鮭の風景1 撮影:遠藤夕幻

次に訪れたのは、新潟県村上市。ここは塩引鮭で有名であり、かつての城下町の風景の残る地。こうして、鮭のお腹を完全に開ききらないのは、武士制度の名残だそうだ。‘切腹’には決してならぬよう、塩引鮭のお腹の中央は、開いてはいない。


新潟県 村上市 塩引鮭の風景2 撮影:遠藤夕幻

ここは、お土産屋さんの見学スペースなのだが、こうして数多くの鮭が吊るされている光景は圧巻である。さすがにここまでは懐かしさを感じることはないが、今でもこうしてその土地その土地の特有な風習や風俗が残っているのは、非常に興味深い。
こうした土地の感覚を味わうのも旅の醍醐味である。なんだか、だんだん思い出してきた。


新潟県 村上市 藤基神社 ご神木前にて タカハシナオト ライブ風景

新潟県を尋ねた最大の理由は、再会のためである。
2008年。ぼくは、日本一周しながら、自分探し・・・というのは気恥ずかしいから、自分磨きの旅なんて称して、バイクで各地を巡りめぐっていた。

タカハシナオトと出会ったのは、京都で居酒屋さんのスタッフルームに居候していた頃。彼とは、木屋町の路上で出会った。当時ストリートミュージシャンをしていたタカハシナオトと、バイクで日本一周中の書道家見習いは、あっという間に意気投合した。

そして、6年後。
新潟県村上市の藤基神社さんの境内で、ライブをするタカハシナオトと再会した。


新潟県 村上市 藤基神社 タカハシナオト ライブ風景

変わっていた、と同時に、変わっていなかった。
自主レーベルを立ち上げ、CDを販売し、堂々とした立ち振る舞いでライブをする、プロのミュージシャン・タカハシナオトがそこにはいたのだ。

なんだか、すごく嬉しかった。
いや、言葉にできないほど、すごくすごくすごく嬉しかった。
東京と新潟。場所は違えど、あれから6年も歳月が経過していても、彼もずっと闘い続けていたことを知り、嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。


新潟県 村上市 遠藤夕幻&タカハシナオト 再会

書道家とミュージシャンとして再会を果たした。
生歌のお礼にと、色紙を贈った。

「素直のなおは、直人のなお」

そう言って、‘今まさに書いてほしい言葉’に『素直に生きる』というリクエストをもらった。

ナオトさんから、「すげぇ」と一言、息がもれたように出た言葉を聞けた。
それだけで十分だった。

ぼくも、ずっと書道と、自分と、闘い続けてきたよ。
わざわざ声に出す必要なんてないから言わなかったけど、きっと作品を通して十分伝わったと思う。


タカハシナオトCD「大切なモノは足元にある」&遠藤夕幻 旅のポストカード

ぼくらは、当時20台前半に出会った。
あの頃のぼくらは、今よりももっともっと馬鹿で単純で、自分のことを無敵だと思っていた。でも、それと同時に将来への不安とか、先の見えない道を進むことへの恐怖なんかも混ざっていて、もがいて、這いつくばって、少しでも早く、一歩でも先へ、進むことに必死だった。

あれから、お互いが別々の地で、それこそほとんど連絡なんて取り合わず、やってきた。
だけど、久しぶりに会ってみれば、なんてことはない。

ぼくもナオトさんも、同じ方向を見ていた。
書道と音楽で分野は違うが、同じ舞台に立っていた。
二人とも書道家として、ミュージシャンとして再会できたことに感動した。

「まだ、続けることができていたんだね」
「いくつもの壁を乗り越えてきたんだね」

お互いに握手をするたび、力強く握り返しては、心の中でそんな風に話しているのではないか、と思えた。少なくとも、ぼくはそう感じた。‘ここまで来れて本当に良かったね’と。

夢を叶え、新たな夢を持ちつつ再会できたこと。
お互いの作品を、売って買って。
決して、交換ではない。敬意を払って、お互い気持ち良く、ちゃんとお金を払った。

感傷に浸る思い出話なんか一切しなかった。
今までの‘ここまで’に至る経緯や、‘これから’のこと。あとは、‘いま’のこと。

話す時間が長くなれば長くなるほど、‘忘れていた大事なこと’を思い出せた気がした。

ここにきて、『ありがとう』という言葉しか見つからない。
それしかない。

少しずつ思い出してきた、‘大事なこと’と一緒に、ぼくは明日から、石巻市へと向かいます。

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洞爺湖夕幻 トボトボ歩く図

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