無添加書道 / 書道家 遠藤夕幻 ~ mutenkashodo ~

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【講義】 『硯と墨の世界』 武蔵野美術大学にて

20151124 武蔵野美術大学 『硯と墨の世界』 講義風景 講師:遠藤夕幻
【講師】
書道家:遠藤夕幻


20151124 武蔵野美術大学 『硯と墨の世界』 講義風景2 講師:日本画家・為壮慎吾
【講師】
日本画家:為壮慎吾


20151124 武蔵野美術大学 『硯と墨の世界』 講義風景4 講師:遠藤夕幻
【対象】
武蔵野美術大学 大学院生 1~2年生
講義に参加しているのは、日本画科・映像科・視覚伝達・陶芸・建築科などなど様々な分野の学生さんたち。


20151124 武蔵野美術大学 『硯と墨の世界』 講義風景12 打ち合わせ
【内容】
テーマは、「白と黒の世界」
硯と墨の‘相性’という観点から白と黒の世界を捉え、その道具を作る職人さんに至るまでの講義。又、考え方や捉え方、硯と墨を通じて自分たちの専門分野に活かせることがあるのではないか、という提示と五感への刺激。


20151124 武蔵野美術大学 『硯と墨の世界』 講義風景11 打ち合わせ
【経緯】
とある出会いがきっかけで、武蔵野美術大学の先生と出会った。そこで、文房四宝であるところの「筆墨硯紙」の話となり、併せてぼく自身の日本一周の旅の経験、又その旅を通して出会った全国各地の書道道具の職人さんたちの話やぼく自身のフィールドワークに深く共感共鳴してくださり、「うちの大学で授業をしてもらえないか」ということになる。

【問題の発起】
又、それと同時に武蔵野美術大学卒業の日本画家:為壮慎吾さんとも出会い、日本画の世界でも書道と同じく「硯と墨」を用いることを初めて知る。そして、従来の武蔵野美術大学の講義の中では、書道で云うところの「硯と墨と紙との‘相性’の研究」の部分が取り上げられることなく、うやむやになっていることも知る。


20151124 武蔵野美術大学 『硯と墨の世界』 講義風景10 墨色見本 講師:遠藤夕幻
【講義の目的】
問題は、ひとえに‘相性’という部分に着眼していない点である。つまりは、どの硯が良いのか。どの墨が良いのか。はたまた、どの硯は悪いのか、墨が悪いのか。という点では、決してないことであり、そもそも「良し悪し」を論議している時点で問題外、という点である。そもそも、何をもって良しとするのか。何をもって悪いとするのか、を定義付ける必要性があるのだ。

今回の講義では、「自分自身がどのような発墨(墨の発色)を求めているのか」また、そういった発墨を得るためには「どのようにして道具と向き合い、使用する必要があるのか」という点を再提示することが目的であった。


20151124 武蔵野美術大学 『硯と墨の世界』 講義風景13 講師:遠藤夕幻 澄泥硯試し磨り
【講義を通じて】
そもそも、『それが‘問題’であることを問題と思っていないということが“問題”である』ということなのだが、今回は硯と墨の‘相性’を考えることにより、学生さんには、自分にはたくさんの『選択肢』があるということを知ってもらいたかった。やるにしろ、やらないにしろ、それを“自分で選ぶことができる”ということが重要なのである。

具体的な例を挙げるのであれば・・・

学校の先生に、「墨は良いものを使いましょう」と言われたとする。
又、「硯は、○○(画材の量販店)で買ってきたものを使ってください」と言われたとする。

そうすると、本来であれば硯と墨との‘相性’が重要であるのに対して、「硯はこれでいいや」と云った感覚で一つに絞ってしまうだけで大幅に選択肢が狭まってしまうのだ。道具を選ぶということは、「表現のバリエーションが一つ増える」と捉えてもらいたいのだ。

実際のところ、ほとんどの学生さんが硯には着眼しておらず、発墨の良し悪しは墨が決めると思っているようだった。

本当のところは、墨が良ければいいわけでも硯が良ければそれでいいわけでもない。ましてや、画材の量販店で売っているものを全てと思ってほしくない、という一心でぼくは学生さんたちにそれを訴えに行ったと言っても過言ではない。


20151124 武蔵野美術大学 『硯と墨の世界』 講義風景3 講師:遠藤夕幻
【学生さんの反応】
授業の前半は、ぼくら講師が一方的に話している形態なので、あまり反応はなかった。しかしそれも考えれば当然で、「いままで思ってもいなかったこと」というのを目の前で列挙して話されても、ピンと来ないというのが素直な反応であろう。

授業の中盤からは、実際に硯と墨に触れてもらい、体験してもらうということに重点をおいた。
やはり実際に触れてもらうと反応も良く、後半は想い思いに筆で試し書きする生徒さんや、硯の磨り比べをする生徒さん、他の科の学生さん同士で書道に関する意見交換など、とても良い反応が見受けられた。

又、講義に出席している学生さんの中には、中国からの留学生もいて興味を持ってもらえた。
聞くと、中国でも技術指導はあるようだが、こういった道具に関する授業や‘相性’に関する講義などは無いそうで、ぼく自身もそういった話を聞けるのは貴重であった。


20151124 武蔵野美術大学 『硯と墨の世界』 講義風景9 講師:遠藤夕幻 書:武蔵美
【1回目と2回目のまとめ】
2014年に初めて講義を担当させてもらい、今年の講義は2回目であった。

前回は、東日本大震災でも被害が大きかった「宮城県石巻市雄勝町」の話を中心に、硯に関しての話を掘り下げて、職人さんたちと書き手の関係性であったり、「道具の大切さ」を訴える内容であった。

今回は、少し観点を変えて「硯と墨と紙」との‘相性’を重点的に話した。より長い時間、硯と墨に触れてもらいたくて、質疑応答の時間を交えての体験型の授業の構成にしてみた。
前回の反省点も活かしながら、学生さんたちにはより多くのことを伝えられたように思う。と、同時に新たな改善点や方向性が見えてきた。


20151124 武蔵野美術大学 『硯と墨の世界』 講義風景7 講師:遠藤夕幻 書:武蔵美
【今後の展開】
2014&2015年の講義は、日本画家:為壮慎吾さんと遠藤夕幻との二人で行う授業であったが、「日本画からの観点の硯と墨の世界」の講義と「書道の観点からの硯と墨の世界」の講義とで、1コマずつ2週に亘って授業を行っても良いかもしれない。

学生さんの反応からしても、「もう少し詳しく知りたい」という声が上がり、潜在的には求められている内容なのだろうと感じた。

又、フィールドワークとして実際に硯職人さんのもとを訪れ、現地での実体験ツアーを催すことも視野に入れている。
学生にとっては貴重な現地体験となるし、硯職人さんにとっては書き手&描き手の声を直接聞けるのは貴重な機会である。と、同時に被災地でもある石巻市雄勝町を訪れれば、ほんの少しでも復興支援へと繋がる要素を含むものである。これは、一石三鳥以上の価値があり、ぜひとも実現したい。

こういった今後の展開も含め、まだまだ硯と墨の世界は広がりを見せているようにぼくは感じている。だが、実際のところは書き手と作り手、アーティストとクラフトマンの関係性は疎遠になる一方である。
そんな時代だからこそ、ぼくらがそういった方々との架け橋となり、これからの時代を担う『表現者と職人』たちを繋げることをしたいと切に思う。

書道や日本画の未来が、明るくなることを願うばかりだ。

石巻市雄勝町 雄勝湾の風景2 (2013年9月,遠藤夕幻・撮影)
「宮城県石巻市雄勝町 雄勝湾の風景」

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洞爺湖夕幻 トボトボ歩く図

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