無添加書道 / 書道家 遠藤夕幻 ~ mutenkashodo ~

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【連載】雄勝硯物語 - 7/ そこで、生きる。

大きな津波のあった、運命のあの日から、どれほどの月日と時間が経ったであろうか。

「“まだ”2年しか経ってないのか」と、考えるか「“もう”2年も経ったのか」と考えるかは、おそらく人それぞれであろう。・・・ただ、遠く離れた土地に住む人にとっては、後者のほうが多いように思える。


実際に被災してしまった  ↑ 想いが強い 
東北生まれだ
東北に親戚がいる
東北に友達がいる
あいにく東北には縁がない  ↓ 無関心


関係性の距離感でさえ、遠く離れれば離れるほど、無関心に近づいていくのではないかと思う。もちろん、一概に言えるものではないし、私個人がそう思うだけで、例外などは在るはずだ。
ただ、そんな傾向にあるように感じるのだ。

せっかくなので、物理的な距離も気持ち的な距離も遠い方に、この記事が届くことを願う。


忘れないでほしい。


そこで、生きている人たちがいる、ということを。


考えてほしい。


まだ、なにも終わっていない。むしろ、始まったばかりだということを。


2012年 雄勝町 成澤さんの漁船 雄勝湾にて

私がこれまで、ずっと紹介し続けている雄勝町は、豊かな海に囲まれた漁師町でもある。
海産物が元気に育つ環境であり、海が綺麗で栄養満点なので、養殖業が盛んだ。

写真は、牡蠣の養殖業を営む「成澤のかき」の船上からの一枚である。
飛沫をあげ、海を走るこの光景に、漁師の世界を垣間見た瞬間であった。

成澤さんとは、ボランティア活動を通じて知り合い、ご縁があって、牡蠣のパッケージロゴを書かせていただいた。


サイズ変更ウィザード-1

これが実際のラベル。この「成澤のかき」の字を揮毫させてもらった。
書く前に、船に乗せていただき、現場を見学させてもらい、さらには牡蠣も食べさせていただいた。そういった実体験をもとにして、この字を書かせてもらった。


2012年 雄勝町 獲れたての成澤のかき 雄勝湾にて

そして、これが実際の成澤さんの育てた牡蠣である。
雄勝湾で育った“成澤のかき”。

まさに、成澤さんたちが、ここで、生きているという証である。


2012年 雄勝町 成澤さんの漁船と綺麗な雄勝湾

今では、被災地、被災地と呼ばれてしまってはいるが、被災地である前に、そこで生きる人たちにとっては、故郷である。あたりまえなことを言うようだが、そこで生き、生活をしているのだ。

もちろん、生きていくためには、仕事をしなくてはいけない。

ただ、海産物では、今までの出荷基準を満たす検査以外にも、余計な「放射能検査」が増えてしまった。生食用の牡蠣を出荷するというのは、それだけでも厳しい検査が必要なのだと、成澤さんは言っていた。

それに加え、放射能検査もし、本来なら必要なかった検査代もかかる。大きな目でみれば、些細なことと言われてしまうかもしれないが、現場や実状はそうではない。大変なのだ。


例えば、「新しい水産物加工の工場を建てたい」となった際に、行政に申請すれば、支援金をもらうこともできるらしい。
支援金があれば、新しい水産物加工場も、比較的コストがかからないで、建てられるかもしれない。でも、行政に頼むと、かなりの時間が必要となる。その待ち時間が数ヶ月単位にまでなると、その期間は仕事ができない。仕事ができなければ、売り上げもないので、生活ができない。それでは困ってしまうので、じゃあ、自腹で工場を建てるしかない。でも、自腹で工場を建てたくても、津波の被害でそんな貯蓄もない。・・・・・・


これが、現実である。
こんな板ばさみ状態で、漁師を続けられなくなってしまっている人たちが、福島にも宮城にもきっと大勢いるはずだ。


そして、私にできることは、ほとんどなにもない。
話を聞くことや、こうやってお話として紹介し、被災地の現状を多くの方に知ってもらうような活動をすることぐらいが関の山であろう。

でも、なにもしないよりはマシ。そう思って、今もこうしてPCの前に構え、キーボードを打っている次第だ。


ほんの少しでいいから、ちょっとでいいから、目を向け意識を向けてみてほしい。
福島県産のものだから、宮城県産のものだから・・・とか、被災地産のものだから・・・と、頭ごなしに色眼鏡を通して見るのではなく、その先のもっと奥にいる、“人”を見てほしいのだ。


そこで、生きる人がいる。


被災地の現状をしる、一個人としての、ささやかな“お願い”です。

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洞爺湖夕幻 トボトボ歩く図

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